校長先生の話

週末愚息の授業参観後に学校経営についての説明会があった。昨年に続き出席して聴講しました。学校の校長先生の考え方を聞くためです。

配布されたレジメに以下のような内容がありました。「親」について。

親の立場として拝聴する「親」の考え方についても理解できましたが、加えて校長は、学校での総責任者にあたり、民間の会社に置き換えると社長と同じ立ち位置です。教育の場における「親」への考え方は、言葉とニュアンスを変えると、社長と社員にも十分置き換えられます。

社員指導は社長・役職者も共に育つ

社員は社長・役職者の背中を見て育つ

社長・役職者になることは易しいが、社長・役職者であることは難しい。

親という漢字は、「木」の上に「立」って、「見」ると書きます。

 

鹿児島の88箇所霊場めぐり

四国の88箇所霊場めぐりは有名だが、鹿児島市内にもその88箇所の石仏と霊場があることをご存じだろうか?だいぶ以前に、鹿児島検定の勉強をしてたとき、そのような話を聞いて知ったのですが、たまたまその68から88の石仏近くに行った際に撮影した画像を。

伊敷の梅ヶ渕、慈願寺、鴨池の稲荷神社にもある。

信仰の篤い方々が鹿児島から四国まではなかなか行くことができないとのことで、昭和3年~のようです。

 

企業の発展

企業の発展は、常に新しいことに挑戦し続けることで可能となる。

人間というものは、とかく新しいことに対して億劫になりがちで、今ある自分の環境を守りたがるものだ。企業活動においては、現状が多少回っていればそれを維持することだけに専念してしまう。現在のリズムや時間の使い方を崩すものやこと(新しいチャレンジ)に対しては、今を守る意識によって「できない、やらない」と決めてしまう。体や思考のリズムが出来上がっているのだからそれを壊されたくない。加えて、自分たちは「苦労している、大変なんだ、一生懸命やっている」と「今を守りたい体と心」がそのように反応してしまう。何より大変だし、精一杯やっているから。中には、待遇・対価をより多く求める気持ちを前面にだすこともある。

間違いではないが、企業の食い扶持が増えない(増やさないといけないと本当にはわかっていない)のに、結果として獲得できる「益」だけを求めてもそれは、不可能であり、できない。

企業を発展させる要諦は、常に新しいことに挑戦し続けること。やり始めたら成功するまで絶対やめない事。あきらめない、負けない、やり抜くことを強く心に思うこと。そうでないと、「今という安住」に甘えてしまい戻ってしまう。発展ができない。

やり抜くことを必死に「思う」こと。必ず成功する。

なぜ発展しないといけないのか。それはなぜやっているのか?その取り組みに従事し、苦労するのは一部だけなのか?発展のための苦労や努力はそっちでやってもらって、こっちは今までどおりに進む。だって、こっちも「精一杯、もうこれ以上はやれない、追加対価があるのですか」と。でも皆のためにやっているんでしょうから、結果、成功したら恩恵はよろしくたのむよ、お願いね。ってことが通るはずはない。

GWの家族サービス

久々に少しゆっくりと休みが取れたGWでした。5/3は、仕事(知人のご子息がお見えになり弊社の説明をさせていただいた)でしたが、翌日からは家族サービス。

5/4は強行軍でしたが、獅子島日帰りで恐竜の化石探しに行きました。すぐ横には天草があり、熊本水俣も近くですが、鹿児島の最北端の島に初めて上陸しました。ここが化石の島であることはだいぶ前に「鹿児島検定」(実はマスターを取得している!!!)で学んだことがありましたが、上陸は初のことでした。小学生のころ、理科の授業で岩石採集や化石採りの経験があったので、それを思い出して、子供にも体験させたくて、朝6:00に出発しました。

当初は、男じゃないから興味がないと言っていた妻も「面白いね~」と。

恐竜やアンモナイトこそございませんでしたが、貝の化石を見つけて、夢中になっていた家族でした。

出水のマテ貝採り

我が家の毎年恒例行事になりつつあるGW週間のマテ貝採りに行きました。鹿児島市内から高速道を乗り継いで1.5時間程度で出水市汐見町に到着。これまた恒例になりつつある地元スーパーで昼食等を買い出しして、早々と定位置で待機します。2時間ほどで潮が引き始め臨戦態勢へ。沖に行けばいくほど掘ればいくつものマテ貝のひそむ穴が出てきます。あっちからこっちから顔を出すので子供たちも忙しい、忙しい。

海から上がったのはまだ、潮が満ちる前。一帯は大勢のマテ貝採りの観光客。最近はあさりが取れないのでこれに限ります。収穫はもっとあったのですが、我が家ではこの分だけいただきました。(海の神様、ご加護をありがとう。)しかし、すごい人ですね。

 

帰りの道中では、阿久根と薩摩川内の間の岩場へ。

岩場は岩かきをとった後があちこちに。こちらでは、子供たちに手で取れるビナをとってもらいました。忙しい一日でした。

西南戦争 14歳の戦死者

毎日曜日の稽古の時である。総師範が皆集まれと言って稽古場のすぐ上にある、南洲墓地の一角にある看板の説明を始めた。「14歳で戦死した少年が3人いる、うち二人の墓は見つけたのだが、もう一人がどうしても見つからない。皆で一斉に探そう!」とのことだった。

士族最後の戦いとも言われた西南戦争には、西郷さんを慕う行き場を失った元侍たちがあちこちから集まった。西郷さんは負け戦をわかっていたとも言われるこの戦争で命を落とした多くの先人のお墓がある。鹿児島のみならずあちこちから、新政府に反発する侍が集まった。

その中で、14歳で命を落とした3人の少年のうち見つからない1人の墓を探した。この説明看板近くに確かにそのうち2名のお墓はあるが、1名のお墓がない。「伊地知末吉 14歳」と刻まれている。

しかし、1名分がない。あちこち探しまわる門弟。少し離れたところから「あった」と。

子供門弟たちに話して、一緒に弔うことでした。

脳内メタボ

定期採用ができる会社には、学卒等の「新入社員」がいる季節。初々しい姿・格好に加え、初々しくきれいな返事や作法を学び、実践していく。社会人としてのルールや規範を学ぶのだが、しばらくすると「慣れ」てくる。慣れて配属が決まり、また新しい変化や不慣れな環境に、緊張し初々しさが再び戻ってくるが、1か月もたつと慣れてくる。5月病。

そして、何年も経過して会社や仕事に慣れ、「ダレ」てくる。鹿児島弁で「ズンダレ」とまでなってしまう。姿・格好のことも言うが、私は「気持ちや精神」のことにも「ズンダレ」という言葉を使う。 気持ちがズンダレると、もう、「変化や革新」をはねのけて、今の安住を守ろうとする気持ちが出てくる。義務を果たさず、義理に気づかず、恩義を忘れ、権利や自己の主張が始まる。

こうなるとおなか周りと同じ、メタボ状態。もっとくれ、もう少し食べたい、もらえるならもらう、これ以上はできない、いっぱいいっぱいです、一生懸命やってます、人が足りない。。。。。。。。

会社や組織もメタボ組織になる。おてあげ。

メタボは解消し取り去らないと、体は病むように、組織も病む。

新しいことや前例のない事に取り組む姿勢に理解ができない、実行できない=わからない「慣れ・ダレ・ズンダレ」は「去れ」。となる。そもそもなぜ、何のために、誰のために新しいことに取り組むのか、なぜ今なのか。

保守でもいい。しかし、保守で乗り切れないときもある。保守でいけないときもある。わかっているのだが、、、いいながらも実践できない理由が反射的に口から出てきてしまうようでは、わかっていない。メタボの原因は除去する、解消する。

毎年感じる春

今年は全国の桜の開花がとても速く、当地鹿児島も例外ではなかった。しかし、先日霧島に行った時のこと、山に上がるにつれて雪が降り道路わきにはまだ解けきっていない雪が固まって残っていた。

そんな山中での春の訪れを感じる桜の花

会社近くの道路わきに咲いていた花が咲いていないと「雑草」と言われるであろう草までも花を咲かせていた。

桜の木は毎年来る春だが、樹木自体はきっと成長しているし、咲かせる花も昨年より増えていることだろう。はたまた、人間はどうだろう。子供の成長は手に取るようにわかるが、子供時代を終えた大人の成長は、1年ごとにしているのだろうか。

自然界では成長することをあきらめた生き物は退化し、やがてなくなる。人間も同様だと思う。ルールにより救われているが、1年経て成長もなく、去年と同じ自分がそこにいるなら、危険だ。成長しようと思えるのも人間だけ。「思う」ことができるのも人間だけ。成長しようと思わないと。

あなたは20年後どうなってる?

約20年後の2040年。あなたはこの世に生きているでしょうか?生きているとすればその生活の糧は?

現在の年  20年後  30年後      現在の年  20年後   30年後

30歳代   50歳    60歳        40歳     60歳    70歳

50歳     70歳   80歳        60歳     80歳     90歳 となっていることは確実です。未来は想像しにくいですが、生きているならばこのことだけは確かなことです。

あなたは何歳まで生きているでしょうか?

医療が発達してなかなか死ねない、人生100歳時代と言われます。そのとき生活の糧と思っている年金。年金は今の現役世代が納め、今の先輩たちに支払う仕組みとなっている。あなたが頼りにしている年金を受給する時期は60歳?70歳?80歳?その頃その年金を稼ぎ出す世代と貰う世代の比率はどうなっている?

030年から2035年にかけて、すべての都道府県で総人口が減少し、2045年には秋田県の2人に1人は65歳以上の高齢者になる――。
国立社会保障・人口問題研究所がこの3月に発表した地域ごとの人口予測。
人口減少と高齢化が同時進行すれば、おそらく労働力の取り合いが起きる。飲食・宿泊業や建設、農業などでは今でも人手不足が深刻になっている。しかし、今後は公的分野にも人手不足の波が襲いかかることになりそうだ。国立社会保障・人口問題研究所の2017年推計によれば、この世代の人口は今後10年ごとに約100万人ずつ減少していくことが予想されている。
外国人はこれら「公権力の行使」を伴う公務員に就くことはできないが、将来人手不足が深刻になれば、そう言ってもいられないかもしれない。
人口が減少すると、上下水道や道路などの土木インフラや小学校のような教育施設を維持することも危うくなる。
日本政策投資銀行の推計によると、2046年には水道料金を6割以上値上げしないと、独立採算の公営企業として運営されている水道事業は経常赤字に陥る。
以前より上記のような予測が立っており、メディアで叫ばれている。
対策を立てその状況でも生き残れるように手を打つことが肝要だ。
年金を負担してくれる若者が減少している時代に、年金受給者となる方のために自分の糧を蓄えること、健康であることを提言したい。
そのためには、いまどうするべきでしょう---

西郷隆盛蘇生の家

大河ドラマ西郷どんで間もなく放映の場面が出てくるのだろうか、渡辺謙氏演じる島津斉彬が急死したのち、井伊直弼による安政の大獄と呼ばれる尊王攘夷派や一橋擁立派への弾圧が始まる。

薩摩藩では幕府から追われていた、一橋派の僧・月照の保護を拒否し、宮崎へ追放することを決める。同行していた西郷は、前途を悲観し月照と入水自殺を図ります。鹿児島の竜ヶ水沖で海岸はすぐそばにあるのですが、急に深くなる場所でした。泳ぎが達者だった西郷は奇跡的に助かり息を吹き返した家がこの家です。手厚く介抱されたと書かれています。