お坊さんからの話

私たちはせいぜいあと20.30年しか生きることができずに終わる。しかし、会社もあと20.30年で終わっていいかと言われるとそうではない。そこに社会の役割があり、生活・家族の糧をゆだねている社員がいる。将来そのようになるかもしれない、まだ出会っていない人もいる。  自分はさておき、会社は存続できるように人、物、金、サービス、製品、情報を整理していかないといけない。同じ製品を営々と提供し続けることができるような時代ではなく、安寧と生きているわけにはいかない。

そんな中、ITやSNSの発展もめまぐるしい。その中でスマホについての話もあった。時間があればスマホをあけ、SNSに興じる。ゲームをする。似たような行動として、家の中でついテレビをつける、番組一覧の中で「比較的見たいチャンネル」を探し見る。

この一連の行動を「依存している:ドラッグと同じ」と話された。それをして心が動かされるか?快か不快か?何かを生み出したか?自分に何が残ったか?

安寧としてられない時代に、何も生み出さない、自分に何も残らない時間を過ごすのはもったいない。1日1分だとすると、365分、10分だと3650分になる。この時間に嫌でも本や雑誌を読み情報を入れて頭を刺激する人としない人では、将来が変わるのは言うまでもない。

ITやSNSとの付き合い方という講和の中での一部でした。

自分は何のために生まれてきたのか?何の役割をもらって命をもらったか?まだ、生きているのか?それが見えれば、無駄な時間が見えてくるはずだ。

環境先進地 北九州②

前回に引き続き北九州の展示館より。古着のリサイクル。だいぶ以前に、岡山で産廃屋さんがこのようなリサイクルを確立していることを耳にしていたがやっとまじかで確認できました。潜在意識にしみこむまで思っていたことは、ふとした瞬間にヒントが通り過ぎ、それに気づくことができますね。。。まず「思う」ことの大切さです。。。

さて、古着を回収して自動車等の内装部品に変わるというリサイクル。聞いた話だと最近は古着の質もあまりよくないものに変わってきていて、よっぽど付き合いがないと古着の回収はしてくれないですよ・・・ということも最近耳にしたが。さておき、車のボンネット裏側等の防音消音材に変わっているようですね。

このほかに用途が考えられれば、世には不要な古着がたくさんありもっと利用できそうな気がします。繊維の集成材で世の中の役に立つもの・・・思いついたらぜひ教えてください!!!

多分特徴として、熱や音を吸収するという特徴があるものと思われます。

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環境先進地 北九州 その①

先日協会の研修会で北九州の環境関連の展示場や施設を訪問した。以前より、環境に対しての取り組みや行政と民間が一体となった取り組みに関心を寄せ、注目している市町村の一つ。

環境ミュージアムという施設で、なぜ北九州市が環境に先進的に取り組むのかその背景を知った。戦後の経済成長に伴い、炭鉱が近くにあった北九州は、無規律の工場が増えた結果、公害の先進地にもなった経緯があった。

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この写真は、まち美化作業に約75000人の市民も参加することをギネスに申請している。街が民間と一体となって何かをやることに意義がある。ご当地鹿児島でこのような案件を提案すると、きっとその担当者のほとんどは「それは民間のやることで行政としては関与できない」という返答かあるいは、「協力」程度のことしか期待ができないだろう・・・

ギネスに挑戦などどうでもいいことなのだが、このようなどうでもいいことを行政が一緒になって取り組もうという姿勢が、この町を環境先進地に発展させていっている理由だろう。

自分から進んで労をとる

がっかりすること。

「親切丁寧な話し方」だけど「親切丁寧でない話し内容」

接客用語で、尊敬・丁寧・謙譲語を織り交ぜながらきれいに話している。しかしながら、受け答えの内容は自分の範囲の内容だけしか答えない。相手のためにしてさしあげるとか、自分が労をとろうとしない、「サービス精神、相手のことが思いやれない」受け答えに遭遇した。

相手がその半歩先をしてさしあげると喜ぶだろうということは、自分の労をとらないといけない。損得で考えれば損。自利、利他で考えれば利他で人にしてさしあげる。弊社ではこの気持ちを大切にして、理念にも掲げている。「人と地域を想えるいい会社」。いい会社にはいい人が集まっていないといけない。「いい人」の程度・解釈も人によってさまざまだから、定義してある。私の反応で伝えたが、伝わっているだろうか。

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何でも進んですることが自分の幸せにつながる。自分から幸せを求める人には、幸せは来てもつかの間、または来ることすら感じられないのかもしれないし、あるいは本物の幸せかもしれない。必ず因果応報、今の自分は過去の自分の積み重ねの結果であり、将来の自分は今の自分の積み重ね、延長にしかない。

必ず人生は輪廻している。仕事は進んで好きになり、進んで取り組む。人生の大半を過ごす仕事が精一杯できないと、他の時間も充実もしないし、不満が多いものになるのだろう。

自利利己・自分のことしか見えない

最近はあまりいなくなったが、先日久々に遭遇したこと。飛行機に搭乗した際のこと。座席はすべて席を後ろに倒すリクライニング機能がある。以前は狭い座席にもかかわらずよく席を後ろに倒している方がいたが、最近はあまり見なくなった。席の間は以前より広くなっているようだが、席を後ろに倒す人もあまり見なけなくなっていた。

先日の登場の際、久々に何のお断りもなく席を倒しす方に遭遇した。新幹線に乗車する機会もあるが空いていれば極力後ろが壁の席を予約するようにしている。少し倒すとより快適だからだ。少し倒すとより快適になることは十分にわかる。あるいは、気分がすぐれないのかもしれない。「少し倒してもよろしいでしょうか」とお断りすれば、「やめてほしい」「だめだ」ということはない。言われたこともない。加えて降りる際には、「失礼しました、ありがとうございました」などの一声をかける。声掛けが面倒なら、しない・やらない。

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座席を倒してくつろぐのは乗客の当然の権利。権利の履行にも配慮がほしいものだ。不快に思うことはしなかったが、まだ、こういう方もいた者か・・・と思うことだった。

私、私の家族、弊社の社員さんにはいくらプライベートであっても、このような配慮を欠く行動をして周りの方々を不快にする行動は慎んでほしいものだ。生きているだけで人の世話になり世話になるということは、他人の時間・気持ちを割いてもらっているのだ。

私的な時間にできないことは公的(仕事の)な時間にもできない。「善い考えをもって善い行動ができない人が、仮に業務時間に善行ができたとしても、それは偽善だ」と思う。神様はわかっているだろう。

小学生のころに習ったこと

先日大きなな企業体の事務所に行った時、貼ってあったもの。尊敬語、謙譲語。できているようで使えない、謙虚であるべきなのに全く謙譲語が使えない。

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すべてのお客様にご満足いただけることは難しいかもしれない。しかしながら不快にさせないことはできる。そのためには、丁寧な言葉使いができることはとても重要です。丁寧な言葉使いを知っていることではなく、使えることが重要です。

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ましては、他人通しが集まる会社や組織で、ふさわしくない態度や考え方をする人も残念ながらいる。

大阪の恩人と言われる「五代友厚」

鹿児島出身で、地元ではあまりいいように言われることもかたられることもない五代氏。この五代氏が初代会頭を務めた大阪商工会議所の記念事業として建立された「企業家ミュージアム」を訪問する機会があった。

IMG_9356施設の方の説明で、この五代氏が大阪で活躍し、今の大阪の基礎をつくった方として、尊敬され大事にされていることを肌で感じた。薩英戦争を経験した島津藩は、外国・英国から学ぶ必要性を痛切したことから、鎖国の世にあってリスクを冒してまでも若者16名を藩費留学させた。その責任者的役割をこの五代氏が受けている。五代は英国ロンドン大学等に若者を預けたのち、ヨーロッパのあちこちへ渡りさまざまなものを五感で感じていたのだろう。日本に帰り、教育、経済のあらゆる面でフル稼働していた。

大阪科学技術館、日銀大阪支店のあたりに居を構え、大阪商工会議所、大阪証券取引所、大阪市立大学の前身となる組織を設立していく。晩年も大阪だったようで、そのお墓は鹿児島では聞かない。大阪にあるようです。(→ウィキペディアより)「1885年10月、阿倍野の墓地に従五位勲四等五代友厚墓として葬られる。阿倍野区の阿倍野筋4-19にある大阪市設南霊園(阿倍野墓地)の中央にランドマークのようにそびえているのが、江戸後期に薩摩藩士の子として生まれ明治初期に活躍した大実業家の五代友厚の墓である。」

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大久保利通さんも福島の安積疎水の大工事の偉業から、「大久保先生」と今でも慕われておいでです。

地元にとっては陰ながら、間接的な偉業や行いはあるわけだが、表だって五代さんや大久保さんのことが言われることは少ない。しかしながら、西郷さんらと郷中で学んだ鹿児島人としての気風や考え方は地元の有名人と同じもので、その考え方の実践をよその地で実行したのでしょう。

地元でももう少し取り上げられてもいいのかなと思われる人物のお一人だと改めて感じました。

 

長崎 長与駅

先日、長崎県の長与駅に行く機会がありました。鹿児島から九州新幹線で新鳥栖まで行き、特急カモメで佐賀を通過し長崎へ。長崎の浦上という駅で降りて在来線で1駅。鹿児島中央駅から3.5時間。朝早く出て、13:00のアポイントから約1時間。そのあと再び汽車で帰路に尽きました。列車や飛行機での移動はその前後に時間がかかりますが、集中してゆっくり読書や書類に目を通せるから結構好きです。

さて、今回の長与駅を降りると、駅出口のロータリー内に以下のような汽車の車輪と案内を見つけた。長崎への原爆投下後、多くの被爆者や負傷者を運ぶために活躍した「原爆救援列車」の車輪でした。

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長与駅へと乗り継ぐ浦上駅からは日本赤十字の原爆病院と書かれた病院も駅ホームから見えました。

一発の原子爆弾でそのあと70年以上が経過してもなお、その後遺症に苦しむ方々もおいでなのに、今また何の目的かわからないが、せっせと類似の兵器をつくっている国とその指導者がいることを思い何とも複雑でやりきれない思いがわいてきました。

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気持ちを配される、心配りされる心地よさ

先日出張の折にお世話になった飛行機の中でのこと。トイレに行くと、いつも見かけないメモに気がついた。

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おくつろぎ頂けてますでしょうか?

何かできることがございましたらご遠慮なくお申し付けください。

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この機材のチーフCAさんが書かれたようだ。私はこのように心が喜んだ時は必ずお声掛けするようにしている。「気持ちが伝わります。心地よいメモですね。ありがとうございます」と。

このメッセージを見て「ジャー何か頼むか!?」となるわけではない。でも、なんなりお申し付けくださいという気持ちがうれしいのだ。自分の時間体力を削っても、必要ならしてさしあげますという「利他の気持ち」の実践行動。

そういえばこの会社は、稲盛さんが会長となって再生したJAL。現場の一人一人までフィロソフィ、考え方が浸透している。

やはり、そんな時代が来る!!!

前にも書いたかもしれないが、車の自動運転によるタクシーの無人化や誰も載っていない車がスマホで指示をしてお迎えに来る、バスの無人運転など自動車の自動運転は私が生きているうちに見られる気がする。また、ドローンを利用した宅配サービスも実験されているので、生きているうちにドローンによる宅配が始まることも想像できる。

これを受けて、ドローンに人が搭載可能になって、スターウォーズ等で見た上空を飛ぶ飛行機が車ように行きかう状況は、生きているうちにはないだろうと思っていった。

しかし、すでに意志が高く、柔軟に考えることのできる政治家のいる国々で始まっていた!!!たまたま車内で見たニュースで実証実験中と!

日本のトヨタ自動車も別グループで実証実験しているよう。やっぱり幼いころ描いた宇宙空間での空を移動する乗車物の時代もくるんですね。しかも5年後の実用化を目指している!!

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