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有馬新七

幕末の志士 有馬新七

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薩摩藩伊集院郷の郷士・坂木四郎兵衛の子として薩摩国日置郡伊集院郷古城村(現在の日置市伊集院町古城)で生まれる。
剣の達人として有名であった叔父の六郎から幼少期から神影流を伝授された。

尊皇攘夷派の志士達と多く交流して水戸藩とともに井伊直弼暗殺(桜田門外の変)を謀ったが、自藩の同意を得られなかったため手を退き、結果的に水戸藩を裏切る形となった。

その後も過激な尊皇攘夷活動を続け、同志達と共に寺田屋に集っていたところを、同じ薩摩藩士らによって粛清された。

(寺田屋事件)
有馬は剣の達人であるのだが、渡り合っていて刀が折れたので、道島に掴みかかって組み合い壁に押さえつけた。近くにいた橋口吉之丞は狼狽してか加勢できずにいたので、有馬が「おいごと刺せ」と命じ、橋口吉之丞はその言葉に従って有馬の背中から道島と共々貫いて両名を絶命させた。

享年38。

明治24年(1891年)12月17日、明治政府より贈従四位。