綺麗なお花

先日妻の誕生日だったので、お花を買いました。最近はプレゼントする花や切り花とはかけ離れた生活だったので、新鮮な瞬間でした。

綺麗に並んだ花々の中にひときわ異彩を放つレインボー。レインボーバラが目に留まりました。どんなにしたらこんな花びらにするのだろうか・・・と思ってもわからないのでそれをお願いして包んでいただきました。自分が頂いた花のように、何度もこの不可思議なバラを見ては下ろしを繰り返したのち、妻に渡すことでした。

しばらくお花とかけ離れた生活だったので、とても新鮮な瞬間でした。まさか、、、後から花びらを塗ってる??? そんなことないですよね?よくわかりません。

バラは赤いのがやっぱり「薔薇」ですね~

温泉かけ流し

以前より行きつけの温泉のご紹介!毎日曜日の稽古の後に必ずと言っていいくらい立ち寄る温泉です。知ってはいたけど少し古めかしく、立地からもそこまで魅力的な温泉施設ではなかったのですが、一度言ってからはリピーターです。熱い湯がこんこんと本当のかけ流し。

温泉地に行くと、よく見る言葉に「かけ流し」という言葉がありますが、その言葉にひかれて立ち寄るものの、がっかりすることもありました。かけ流しならあふれてこぼれるはずですが、こぼれもしない循環式の温泉の多い事。循環式は浴槽内の湯を循環するのでヘアーキャッチャー等のスクリーンを通る際に汚れが取り除かれ、きれいになった湯が戻ってきます。浄化されるのできれいだという方もいますが、私は本当のかけ流しが好きです。

で、市内の多くの浴場は温泉ですが、循環させている公衆浴場(温泉)もあるのに、ここは本当にかけ流し。この地は湧水が多く昔から湧水の処理に困っていたというところですから、うなずけます。水風呂もかなり冷たいのです。

そうです。この画像は風呂タブから、湯がこんこんとこぼれています。本当の「かけ流し」温泉を探すなら、タブから満タンになった湯がこぼれているかどうかを確認するようににしてはどうでしょうか。

あるいは、「かけ流し」という言葉の定義が業界と私のような素人では違うのかもしれませんが、私はかけ流しが好きです。

潜在意識まで透徹する強い願望

タイトルに書いたお題とこの記事のお題の趣旨はほぼ似ているだろう。ということで、「やろう」と思わないとすべてのことは始まらない。それは「やってみよう」「やってみるか」という軽めの願望や思いから「やらないとあとがない」「何とかして成し遂げたい」という重い願望や思いもある。

表題及びこの記事の内容は後者だ。

新しいことや未知なる分野のことは、とかく魅力的に見えるし「やってみたいと思う」こともある。しかし、やっていくうちに困難やできないこと初めて遭遇する波が襲ってくる。この波は最初は小さな波だが、やがて本当に大きくなることもある。

この波風が襲ってきたとき、前者のような気持ちでスタートすると、「また今度に回そう」「しんどいからやめよう」となってあきらめてしまう。動機が後者のようなものなら「対峙して負けそうな折れそうな自分の弱い心に克」ことができる。困難や大きな難儀も何とか越えられる。超えた先にやっと少し綺麗な花が咲いていて、その綺麗な小さな花がとても優雅で美しいものに感じることができるのだろう。

週末は、全然不得意とする「走る」しかも「大嫌いな長距離」である「フルマラソン」2回目にチャレンジした。今回は昨年よりきつかった。何度も弱い自分、怠惰な自分が、走るのをあきらめさせよう、やめさせようと襲ってきた。きつい、嫌なことから逃げたい・やめたい怠惰な自分がやめる、できない、理由をこれでもかというほど、1キロも経過しないうちに繰り返し繰り返し襲ってきた。下の写真がスタート前と途中と折り返しの自分の表情。(スタート前はこんなにたくさん参加者がいるのに、途中の写真に映っている人はずいぶん減ってますねぇぇぇ。)

ゴールで待っていてくれた家族の祝福と弱くて醜い自分に克った少しのご褒美もいただけました。

この参加者はゴールが決まって明確だからゴール目指して走ることができるんだけど、経営のゴールは永遠ですね。とにかく社員とその家族のために利益をあげて会社を存続させること。経営を伸ばすこと。現状を維持することはすなわち退化を意味することにつながるこの時代では、変化し挑戦し続けなければならない。全社員のためにも自分に克ち続けなければならない私の役割は、どんどん自ら挑み続けないといけないんだ。(走る能力をお持ちの方、走ることに抵抗もない方には何大袈裟に・・・ということですが、走ることが大嫌いで不得意な私には大きな挑戦を繰り返したのです。。。)