成功より挑戦 挑戦~やってみる

昨日と今日の建設新聞のコラム

もちろんやるからには成功が望ましいが四の五の顎を言わず、「やろう!」と「思い」、「やってみる」ことが尊い。思慮深く、悲観的に構想して進むのだ。そのやろうとすること、綿密に思いめぐらした内容に、少し考えただけ、思いつきで批判する者がいる。途中で失敗があると、「そうなると思ってた」とやってもいない外野から、配慮もない言葉が飛んでくる。でも続ける。成功するまであきらめないから、成功できるのだ。

何度も記しているが、再度。「薩摩藩での「男の順位」」

1、何かに挑戦し、成功した人

2、何かに挑戦し、失敗した人

3、何も挑戦しなかったが、成功した人の手伝いをした人

4、何もしなかった人

5、何もせず、その批判をする人

売り手よし、買い手よし、世間よし の三方よしを叶え、顧客の声にならない声を拾いそれを形にしよう。そのためにも挑戦が必要なのだ。

 

修養 新渡戸稲造著

修の「修」とは、「身を修める」肉体の欲望のために心を乱さないように。心が主となって志の向くところを決め進み行く。修養の「養」とは、「心を養う」という意。つまり、修養とは「修身養心」。日々の修養は、それを行っている最中にはそれほど思わないが、だんだん集まり積もると立派な人格を築き上げる。修養が身の肉となり、凡人と異なる所の人となる。

何かやろうとするとき、最初に志を立てること、「発心」は、どんな人も幾度となく経験する。

最初は勢いに駆られ、熱心に行うけれど永続しがたい。たいてい、途中で嫌になる。繰り返しやるのが継続であって、難儀はここにある。

継続心を修養する

最初から難しいことをすると失敗に終わる。たやすいことで少し嫌だなと思うくらいのことを選んで、継続心を鍛錬するとよい。たとえば、冷水浴、日記を続ける。繰り返し行うのがよく、行っているうちに、継続ということが習慣となって、一事に達したものがほかにも応用される。

人は「己に克つ」ことで成功し、「」自らを愛する」ことで破れる。己に克つ(克己)とは、「情欲」を制するという意味。

勇気を養う

勇気は野蛮人でも理解し得る徳の1つ。「正を守る」は勇気の根本で、「恐れるなかれ」はすなわち勇気だ。正を守ることは、勇気修養の最大条件。正義に基礎置かずただ自分の意思に任せて勝手にふるまうのであれば、獣にもできる。真の勇気とは、どこまでも正義を守ったもの。義を守るようにすることが、勇気修養の第一歩

かけ流し温泉 ②

少し前の話だが、とある会合でお勧めの温泉の話になりました。私は以前ここで紹介した「長寿泉」をお勧めしたのだが、同じ城山なら、かけ流しでいいところがあると紹介された温泉に行ってきました。脱衣所もこんな感じです。貴重品は受付で預かってくれます。

 

かけ流しということ、水をホースでかぶるとは聞いていましたが、まさか洗いまで源泉を使うとは・・・湯治に使われそうな温泉で、5人入るといっぱい感がありそうな狭い温泉です。湯はややぬるめですが、湯につかるとツルツル(ヌルヌルか)する泉質で、このような泉質の温泉がどこかにあったと記憶しています・・・(どこだったけぇ~?)

 

この湯船の縁に座って、体や頭を洗い、奥に見える源泉をかけ流しているホースで洗い流します。このホースは長めになっていて、洗い場に持ち上げられるようになっていました。ヌルヌル泉質の温泉は、石けんが取れたかとれていないのかわからなくなります。洗い終わっても湯自体がヌルヌルするので・・・時間に余裕をもって、ゆっくりじっくり浸かることをお勧めします。この時期は湯冷めしないように、じっくり温めたほうがいいでしょう。左奥の緑のホースが入っている槽が水風呂です。二人は入れないでしょう。地下600~700m位のところからくみ上げているそうです。

「湯之山温泉。」場所は、西郷さん終焉の地のすぐ上です。

あけましておめでとうございます

2018年中も大変お世話になりました。2019年も社員ともども、よろしくご指導くださいませ。

さて、新年一発目にはふさわしくないかもしれませんが・・・西郷さんと最後まで共に戦った、人斬り半次郎こと、桐野利秋さんの生誕地です。近くには西郷さんの介錯をされた別府晋介さんの生誕地もあります。二人は従弟関係です。ともに二人とも最後まで戦いましたね。

余談ですが、別府晋介さんの玄孫にあたる方と結婚された方が弊社においでです。

幕末の人斬り4人(河上彦斎(熊本)、岡田以蔵(土佐)、田中新兵衛(薩摩)、中村半次郎(薩摩))の中の一人だそうで、中に薩摩が2名いるのは、やはり薬丸野太刀自顕流等の剣術のおかげなのでしょうか・・・。当時世間を風靡した新撰組も「薩摩の一刀目には注意せよ」とお達しが出ていたくらいです。

維新の偉大な先輩方を巡るブログは、まだまだ続きそうです。

今年も懲りずに、お付き合いくださいませ。

2018年もお世話になりました。

本年もお世話になりました。恒例になりましたが、今年も個人情報含むペーパー類を破砕リサイクルいたしました。保管責任の期間を過ぎた書類を中心に、約200Kgほどを目の前でしっかり裁断しております。

最終日はこれもまた恒例になっていますが、社員さんに労をねぎらい心ばかりのお寿司で昼食をとってもらい、年末にいただきましたお歳暮も分解して人数分に分けて抽選いたしました。

おかげで会社や倉庫もきれいになり、新たな気持ちで新年を迎えられそうです。

お客様各位、お取引様各位、同業者の皆様含めこの一年もお世話になりました。ありがとうございました。

川路利良 大警視

先に終わった大河ドラマ西郷どんでも、職務への決意が強く感じられたシーンが出てきた。川路利良さんは、結果として政府側に立って、薩摩軍と戦った。シーンの中での警察隊と薩摩軍との戦いが出てきたが、このシーンほどいたたまれないと感じたシーンはなかった。薩摩で習う剣術の構えを双方共にしていたからである。

川路利良氏の銅像が、鹿児島県警の前に建てられれている。大警視年齢40歳は最年少ということらしい。

余談だが、休みに「田原坂」のDVDを借りてみたが、その作りや流れが今回の大河ドラマとよく似ていたことを感じたのは、私だけだろうか。。。

西郷隆盛終焉の地

毎日曜日に繰り返していた今年の自顕流の稽古がその日まででした。その日は西郷さんの最終日でもあったので、稽古の後子供たちを連れて、終焉の地に行きました。稽古場の南洲神社でいつも見ているお墓の横には、別府晋介氏がいることを知っている子供たちに話しました。

西郷さんは、鉄砲で2か所打たれてそして別府晋介さんに、もうここで終わりだねと話して死んだんですよと教えた。

稽古の後に立ち寄る温泉は、最後まで待機していた洞穴がある。その洞穴も毎日曜日に見ている彼らに、あそこを出発して走っている途中で、打たれて、ここで亡くなったんだよと話してあげた。

ドラマの最後は想像とは違ったが、子供たちは、今まで以上に鹿児島の西郷さんへの理解が深まり、大久保さんのことも知ることができたいい番組でした。

あきらめない、続ける 事がゴールをつかむ

昨日、お取引をいただいているプロゴワスさんの100周年記念パーティーに出席しました。1918現在、2018年ですから100年前は1918年 です。大正8年、松下幸之助さんの会社設立、これ以降に戦争があり、終戦を迎え、戦後の復興が始まるなど、とても歴史を感じる年月です。

記念公園で有森裕子さんの講演を拝聴しました。私たちが知る有森さんはメダリストですが、陸上の素質が全くなく、中学・高校でもほとんど補欠の時代を過ごされます。高校は陸上の名門校に進学しますが、それまでの成績で部活にも入れてもらえなかったところを、1か月にわたり熱意を訴え続け、監督が根負けして入部が許可されたそうです。

「粘り続けろ!粘って続けていれば必ず上の選手は落ちてくる、その時にチャンスが来る。今はその時ではないだけだ。続けろ。粘り強さは有森しか持っていないその、粘りを続けろ!」ということを顧問から言われたという。社会人のリクルート時代も同様。有名選手ばかりのクラブの小出監督に直訴したが、とてもその無受賞歴、体格で入社、入部はかなわない。だが、熱意を伝え、小出監督が人事部に掛け合ってくださって、入社しリクルートの部員として活躍が始まったそうです。日本最高記録樹立、バルセロナ五輪で銀メダル、アトランタ五輪で銅メダルと輝かしい戦績を残されました。

あきらめずに、潜在意識に透徹するほどの強い思いは、人を動かし、誰にも負けない努力によってつかんだ栄冠だったことは全く知りませんでした。それがわかって、あのメダル受賞時のコメントだったことが何となく感じることができました。

自分で決めたやるべきことを強く思う この一点がない次から次に襲ってくる壁を突破することはできないだろう。

鹿実のパフォーマンスも見れました。。。

生麦事件の現場

先日4日間横浜にて資格研修がありました。最終日は試験があり、合否判定があるのですが、多少知識のある講習会でしたので、少しリフレッシュの時間も設定しました。あさ9:30~17:00までの研修ですので、朝には周辺のランニング、夕方近辺の歴史散策をしました。今回は、一番遠出をした、横浜山下町近辺から生麦事件の現場へ足を延ばしました。近代国家へと発展していくきっかけになった事件です。この事件がないと、日本はいまだ途上国だったかもしれません。

左上の写真左側の民家の策に現場だったことを示す小さな案内板があります。ここで殺傷されたのです。前も後ろもまっすぐ続く街道です。当時の道路サイドはお店などが並び多少にぎやかだった雰囲気の旧街道沿いで起こります。

 

駅から少し歩いて、キリンのビール工場と高速のガード下にこの事件碑が立っていました。ここで、薩摩藩奈良原喜三右衛門に切られたリチャードソンが命を落としたようです。現場から5、600m先だと思います。

 

朝のランニングでたまたま発見できました。広い外国人墓地の敷地に、生麦事件犠牲者の碑がありました。3名のお名前が刻まれ、遠く外国の地で、祖国に帰れることなくここに眠る被害者及び外国の方々に、合わせて合掌したところでした。

おめでとう!J2昇格

先日の日曜日、地元鹿児島ユナイテッドFCさんが見事、J2昇格を決めました。今回もダメかなあ~と思う時期もありましたが、何とか2位で昇格が決まりました。会場には、これまでにない観客の入りで初の10000人超え!!!

来年からはJ1で戦っていたチームもいる中での厳しい戦いになります。鹿児島にチームが2チームあった時からここまでずっとチームを支えてきた選手やスタッフもいますが、次のステージでは、メンバーの入れ替えもしていかないと、現在のままでは戦えないことでしょう。

会社も同じで、ある時に活躍した人と、ある時期に別れる時もある。それは、恨みつらみで語ることではなく、その人(役割)もその場でその瞬間必要とされており、組織の体が変わったり、住む層が変わったりすると、その必要な人や場や瞬間も変わります。演じれる役割や能力が次の層でも必要であれば継続して共にいることもありますが、人はどうしても変わることを拒む習性があり、現在の自分から「上に行こう」「上に行くために努力しよう」とするのは、なかなか難しいのです。当然、必要とされる人はそれなりに準備をした人でしょうし、人が休んでいるときも一生懸命準備をしてきたはずです。

ユナイテッドでも選手や監督スタッフなど後退や入れ替えもあるかもしれませんが、自分は自分の役割を果たしたと、鹿児島の役に立ったと思い、次に自分を必要とするところを前向きに探すことが大切ですね。