生麦事件の現場

先日4日間横浜にて資格研修がありました。最終日は試験があり、合否判定があるのですが、多少知識のある講習会でしたので、少しリフレッシュの時間も設定しました。あさ9:30~17:00までの研修ですので、朝には周辺のランニング、夕方近辺の歴史散策をしました。今回は、一番遠出をした、横浜山下町近辺から生麦事件の現場へ足を延ばしました。近代国家へと発展していくきっかけになった事件です。この事件がないと、日本はいまだ途上国だったかもしれません。

左上の写真左側の民家の策に現場だったことを示す小さな案内板があります。ここで殺傷されたのです。前も後ろもまっすぐ続く街道です。当時の道路サイドはお店などが並び多少にぎやかだった雰囲気の旧街道沿いで起こります。

 

駅から少し歩いて、キリンのビール工場と高速のガード下にこの事件碑が立っていました。ここで、薩摩藩奈良原喜三右衛門に切られたリチャードソンが命を落としたようです。現場から5、600m先だと思います。

 

朝のランニングでたまたま発見できました。広い外国人墓地の敷地に、生麦事件犠牲者の碑がありました。3名のお名前が刻まれ、遠く外国の地で、祖国に帰れることなくここに眠る被害者及び外国の方々に、合わせて合掌したところでした。

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